想い カテゴリーのアーカイブ

アルゼンチンサッカーとマラドーナ

2010年6月29日 火曜日

連日、ワールドカップの模様、情報がテレビ、インターネットで流れている。日本戦以外でも深夜まで起きて、テレビ観戦している人は多い。

普段、一般的にアルゼンチンに関するニュースや注目度は低いが、アルゼンチンサッカーファンは日本にも多いと思う。今回の出場国の中でも、日本人の一番のお気に入りチームでは無いかとも思う。

前回のワールドカップ2006の開催時期に私はブエノスアイレスにいた。

決勝トーナメントのメキシコ戦とドイツ戦をブエノスアイレスのカフェの小さなテレビで観戦し、その後、ブエノスアイレスのランドマークであるオベリスコで、群衆の中にいた。
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私も、カメラ持参であり雰囲気に浮かない様、水色のグッズを身につけて応援した。

そして、群衆は皆、喜び、歌い、讃える。

♪♫VAMOS VAMOS. ARGENTINA..VAMOS VAMOS..A GANAR..QUE ESTA BARRA QUILOMBERA…NO TE DEJA, NO TE DEJA DE ALENTAR!!!! ♪♫

メキシコ戦直後の歓喜

メキシコ戦直後の歓喜

PKで破れたドイツ戦直後の落胆

PKで破れたドイツ戦直後の落胆

翌年、再び、ブエノスアイレスに戻った。

すると、2007年3月27日にマラドーナが倒れ、緊急入院をした。私はそのニュースをテレビで見て、すぐに病院を探し向かった。マラドーナと言えば、ワールドカップ86でアルゼンチンを優勝に導いた国民的英雄。ちょうど、フォークランド紛争の因縁が残るイングランド戦で、国民を勇気付けた。しかし、引退後、彼はアルコールやドラッグ等の悪い噂が多く、既にアルゼンチン人にとって過去の人だとばかり思っていた。

ウエメス病院に到着すると、そこには多くの報道陣が。

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そして、そこにはマラドーナの活躍していた時期を知らない子供達までが病院にお見舞いに来ていた。「ディエゴ、早く元気になってね」と紙を貼り、皆、お祈りをしていく光景を目にした。
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アルゼンチンサッカーと言えば、ボカジュニアとリバープレートというクラブチームが人気。そして、愛称は前者がBostero(ゴミ拾い)、後者はMilionario (億万長者)。ボカジュニアは比較的貧しい下町地区にあり、マラドーナの原点であるクラブチーム。子供達はボカの代表選手の絵の前で、将来を夢見てサッカー遊びを行う。

余談だが、この絵はボカの名所、カミニートにあり、カミニートの画家達が選手一人づつを担当して描いている為、近くに行って見ると作風が各々異なる。

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ワールドカップ2010もアルゼンチン代表にとっては、決勝トーナメントは前回と全く同じ対戦相手となった。前回はメキシコに勝ち、ドイツ戦はPKで負けた。国民はきっと、忘れていないはず。

私はこの大会でマラドーナが色んな意味でグレートカムバックし、アルゼンチン国民に勇気と感動を与えていることがなぜか嬉しく感じる。そして、アルゼンチンのサッカーファンにとって、過去からの色んな想いが交錯しているのだろうと察する。

まだ、当分の間、アルゼンチン国民はこの話題で持ちきりだろう。

関西大学カイザース vs 法政大学トマホークス

2010年4月22日 木曜日

4月18日、カイザースとトマホークスのアメリカンフットボールの定期戦の見学に行った。

結果については触れる必要性を感じないので、記載しない。
なぜなら、春はプレシーズンであり、結果よりも内容、秋の本シーズンは内容よりも結果。

このカード、昨年の学生日本一決定先である甲子園ボウルの出場校同士の対戦。関係者にとっては、リッチな組み合わせ。しかし、会場はその様な盛り上がりもなく、昨年の事は誰も触れようともしないし、その空気は皆無。あくまでも2010年度は別のシーズンといった感じ。

このカードでさえも、マスコミ露出が無かったことについて、本場アメリカとは、ファンの厚み、人気、認知度、そして土壌が全く異なることを痛感させられる。

甲子園、ライスボウルとあれ程までに熱くなった関大の卒業生の姿や、関大の旗を振る人はいない。「結局、人は勝ち馬に乗りたいだけ」と言いたくもなる光景。熱心にグランドに駆けつけたのはチームOB。しかも関西からも、ご年配のOB達も駆けつけていた。一過性のものではなく、本当にチームの歩みや息づかいまでも愛しているのだろう。強いときも、弱いときも。

このスポーツを見ていて、いつも感じるのは、本当に多くのスタッフが有機的に動いていること。まず、会場に行くと、チケット、グッズ販売に現役、OB達の姿、スタンドには女子マネージャーが分析用のビデオ撮影。

私の席はマネージャーの撮影前の席だった。彼女達は早口で、プレイナンバー、ボールポジション、シチュエーション、主要選手、結果等を話ながら撮影する。ここにまで、ヘッドコーチの教育が行き届いている気がする。これがチーム力だと認識した。現場は一将の影。

私は一眼レフカメラを持参し、動画撮影をした。今回は静止画は全く撮影しなかった。いや、できなかった。デジタルカメラは写真のみならず、動画も撮れるというのはあくまでも機能の問題。実際にはカメラの設定が全く異なる。マニュアルモードでプレー中に設定を全てを変更し、適正露出にするのは不可能だし、集中できない。

ボールキャリアを追うのはかなり困難。望遠レンズ撮影では、パスの場合、空中でボールを見失いやすい。また、急に素早くカメラを移動すると、残像が残り、シャープな絵が撮れない。安全に引きで、全体を入れると、撮影は簡単だが、迫力に欠ける。

(HD対応でアップしたが、途中で止まる場合は480p 又は 360pに落としてください)

私はカイザースファンなので、かなり、というよりも法政大学からクレームが来ないかと思うくらい極端に関大寄りの編集をした。

じっくりと秋に向けてのチーム作りをして欲しい。カイザースが大船に乗ったつもりでゲーム観戦できないのは毎度のこと。世間はどう感じたかは知らないが、私は意義のある試合だったと思う。

雑誌インタビュー記事の撮影

2010年3月24日 水曜日

本日は夕刻から雑誌のインタビュー記事の撮影。

書家の大家。氏曰く「スペインで個展をした際に、スペインの人は芸術に対してはアウトプットされたもののみの評価ではなく、その作成プロセス、作者の思想まで含めての評価をする」「社会の中で、クリエイターやアーティストの価値を認め、評価が高い」というお話があった。

全く同感。作品自体や人物に向き合わず、クレジットのみを気にしている人が多い傾向にある中、原点であり、ごく普通のことがかえって新鮮に感じた。

彼女は、単なる文字を描いているのではなく、文字の成立ちや意味を説明しながら、力強く筆を走らせていた。また、自身の経歴、想いの変遷を語って頂いた。自信に満ちあふれた素敵な方だった。

私自身は作品を評価する際に、必ずその「人となり」を見る様にしている。私が人を見る場合のABCはAttitude,  Behaivior,  Character 。

よくインタビューや対談の撮影をすることがあるが、いつもは黒子に徹しようとしているが、本日は撮影しながらも話に聞き入ってしまい、思わずコメントや質問までしてしまった。

いいお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。

赤ちゃん撮影

2010年3月22日 月曜日

世間は連休の最終日。

本日は街も静かで、時間の流れがスロー。連休最後の撮影は生後2ヶ月のお姫様。

お姫様は、本日、ずっと眠ったまま。ご家族の皆は撮影なので、目を覚まそうと必死。しかし、お嬢様はマイペースで、おかまいなし。これだけ、ストロボが光るのに。ご家族によると、普段は寝かすのが大変で、こんなことは滅多に無いとのことだった。きっと、お姫様は本日は祭日で休息日という主旨を理解していたのだろう。眠った顔がとても可愛く素敵でした。

ご本人一人、ご家族全員で、また、本人とご家族の1名ずつを色々な背景にて、バリエーション豊に撮影することが出来た。

プロモデルやタレントが被写体の場合は、企業の商品やサービスに対する想いはあるが、被写体自体には想いは感じない。作品撮りの場合はクリエイターの想いに応えてたい。宣材写真や就職写真の場合は自分をショーアップしようという意図が伝わる。被写体が赤ちゃんの場合は、全く邪気がなく、ご家族の健やかな成長を祈る想いが強烈に伝わってくる。色んな「想い」をカタチに表現して行きたい。

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素敵な撮影を担当させて頂いた。また、時系列的に成長のシーンを写真に表現していければと思う。

ヘアーショーとコンサート

2010年3月5日 金曜日

昨日、本日(3月3日、4日)の2日間、日本美容専門学校のヘアーショー (Graduation Stage 2010)の撮影を行った。

今回は動画撮影だったので、3台のビデオカメラと1台のスチール(ビデオ挿入用)とでチームを組んで行った。私はスチールを担当したが、今回は刻々と変化するステージのライティングに対応することと、ライトを考慮してのシャッタータイミング。従来、私はスタジオポートレートのみならず、屋内外問わずのイベントスナップ(舞台、スポーツ、報道系、ポートレート等)も100%マニュアルで撮影してきた。しかし、リハーサルでのライティングと出演者のフォーメーションやスピードを考えると不可能だと気づいた。レンズ開放にして、ISOを上げて、絞り優先で撮影した。それでも難しかったのは、カメラは服の色や生地を読めないということ。たとえ、絞り優先モードであってもピントを合わした箇所と時点でのカメラアジャストであり、絹系の白い衣装には苦労した。結論、初日のリハーサルでのテストシューティングで、その問題は解決した。多分、いきなり本番撮影だと最初の方は苦戦したに違いない。今回の撮影目的はあくまでも動画への挿入用なので、16 : 9 の画面をイメージしながら撮影に臨んだ。

プログラムはヘアーショーのみならず、毎年、音楽美学特別授業の一環での芸術鑑賞としてコンサートが開催される。今回はギターとカホンによるヒュージョンの世界ということで、ギタリストとパーカッショニスタとのコラボレーション。スペインで音楽修行をし、現在は米国オレゴン州ポートランドを拠点としてフラメンコ&ラテンジャズの演奏を行うギタリストのToshi Onizukaさん、そして、長谷川きよし氏、葉加瀬太郎氏等と共演するパーカッションプレイヤーの第一人者の仙道さおりさん。

100304a私の主観だが、ジプシーキングを彷彿とさせるラテンサウンド。オリジナル曲があるのが嬉しい。私のブログにも何度も記載しているが、私の基本的発想は音楽に関わらず、あらゆる芸術や経済活動も含めて、人生、生き方の全てはオリジナル、創造することを評価する。さすが、スペイン生活、アメリカ生活が長いのか、ToshiさんんのサウンドにはCORAZONを感じる。リハーサル時、終了後にもお話をさせて頂いたが、とても温和で気さくで素敵な方。

100304b仙道さおりさんからは、カホンの歴史を伺った。コミュニケーション手段として箱や缶を叩いていたというアフリカの悲しい奴隷時代の歴史とそれをプラスに転嫁した彼らの素敵な行動についての話に感銘した。大変、力強く、体にしみるサウンドだった。笑顔でユーモアーがある美しい方で、どこからあのリズムやエネルギーが出るのだろうか。

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普段は一緒に演奏していなくても、音楽家同士、感性やコラソンが化学反応を起こし、すぐに溶け合う様にすばらしコラボレーションができるのだろう。私は演奏が終わると思わず拍手をした。直後に思ったのは、「撮影者がカメラを置いて拍手して、どないすんねん!」

その後、学生達によるヘアーショーが始まった。最初の教務の方のお話にまた、感銘した。学校の考え方として、美容師は技術のみならず、多くの芸術に触れ、感性を養い、文化と幅広い教養が必要であるということ。全く同感。文化や教養の香りがしない方と接しても面白くない。私はお客の立場では、ハウツーのみで髪をカットしてもらうよりも、文化や教養のバックグランドを持った美容師にヘアスタイルを創造してもらいたい。そして、ヘアーショーを創り上げていくことは学生達が学校で学んだ技術のみならず、幼少の頃からの家庭教育の中で育まれた感性を発揮する場であるというお話も、もっともだと思った。

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美容師の国家試験や卒業前の多忙な時期に、学生自身が、企画、準備、出演してショーを創造することは大変だったと思う。皆の努力に敬意を表す。

母校訪問

2010年1月20日 水曜日

昨日、母校の関西大学へ行く機会があった。卒業以来ではないが、20数年振りになる。

阪急電車の関大前駅を降り、正門に向かう。正門通りの店はガラリと変わっていた。が、人気店は昔のままで継続して商いが行われている。

正門も立派になり、校舎や運動場は全く変わっていた。IT関連やその他、学術、研究関連の校舎の充実のみならず、芸術やスポーツ関連の施設の拡充にはびっくりした。シンフォニーホール、空中テニスコート、室内練習場等々。

正門にはアイススケートの高橋大輔選手や織田信成選手のバンクーバーオリンピックの出場祝いの垂幕。少子化で学校経営の環境が激化する中、学術、芸術、スポーツの分野で、世界に通用する人材を輩出するための環境作りが行われていることに力強さを感じた。

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正門から一番奥には運動部の部室、トレーニング場、グランドがある。今年、学生日本一になったアメリカンフットボール部の監督、主将、主務を訪ねてお話を伺った。

自分達のみならず、多くの大学チームが日本一という同じ目標に向かって、日々、取組んでいる中で、実現するというのは大変なこと。その偉業を成し遂げたチーム幹部からどんな取組みや努力をしたかを伺ったが、3名ともギラギラした様子はなく、さわやかに、且つ謙虚に「運が良かっただけ」という回答だった。

それは、目標を達成したものだけが言える台詞。ライバル達も真剣に取組んできたことを知っており、対戦相手がいるから、今の自分達がいるという相手校に対する敬意の様なものを感じ取った。「運」という表現をしたのは、決して謙虚でいようという事前の申し合わせや、監督の教えではなく、真剣に真摯に取組んできた者達が、自然に口から出た本音ではないかと実感した。全てを包含した素敵な言葉だった。

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